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【プロローグ:患者さんとの出会い】
今回ご紹介する患者様は、40代の男性。院長とはあるコミュニティーで出会った知り合いの方で、久しぶりの再会をきっかけに当院へご相談に来られました。朗らかで話しやすい雰囲気を持った方で、診療室でも終始和やかな空気が流れていたのが印象的でした。
これまで、歯の治療は「痛くなったときにだけ行く」といった、その場しのぎの対応が多かったそうです。しかし最近、「右上の奥歯がない状態がずっと続いていて、やっぱりちゃんと噛めるようにしたい」と強く感じるようになったとのこと。
仕事や家庭での忙しい日々の中でも、ふとした瞬間に感じる噛みにくさや、片側だけで噛む不便さ。それが少しずつ積み重なり、「そろそろしっかりと治しておきたい」という気持ちが高まったと語ってくださいました。
そんな患者様の思いに応えるべく、インプラント治療を含む全顎的なアプローチをご提案することとなりました。
【抱えていた悩み:右上の歯で噛めない日々】
「右上で噛めないのが、やっぱり気になるんだよね」。初診時、患者様が静かに語ってくださったその一言が印象的でした。
診察の結果、右上の第2小臼歯(5番)、第1大臼歯(6番)、第2大臼歯(7番)の3本がすでに失われており、骨も大きく吸収している状態でした。見た目にはわかりにくい部分ですが、患者様ご本人は長年にわたり、食事の際の違和感や、しっかり噛めないことによるストレスを感じていたのです。
「硬いものを避けるようになった」「自然と左側だけで噛む癖がついてしまった」──そうした日常の小さな我慢が積み重なり、気づけば右側の噛み合わせが完全に機能しない状態に。
さらに、片側での噛み癖は顎や肩の緊張、全身のバランスにも悪影響を及ぼす可能性があります。患者様も「最近、肩こりがひどくて」とおっしゃっていましたが、それも噛み合わせの不具合と無関係ではないと考えられました。
40代という働き盛り。毎日の食事はエネルギーの源であり、楽しみでもあります。そんな大切な時間を、「噛めない」という理由で不自由に感じてしまうことは、心にも体にも大きな負担となっていたのです。
インプラント治療は、単なる機能回復ではなく、そうした日々の悩みに寄り添い、患者様の生活全体を取り戻すための選択でもありました。
【治療方針とプロセス:サイナスリフトと2本のインプラント】
右上の奥歯3本が欠損していたこの症例では、ただインプラントを埋め込むだけでは治療は成立しませんでした。レントゲンやCTで確認したところ、歯を支えるはずの骨がかなり吸収しており、そのままではインプラントがしっかりと固定できない状態だったのです。
そこで、我々が提案したのが「サイナスリフト」という処置。これは、専門的な技術と経験が求められる、骨を作るための外科的な手術です。
>>サイナスリフトについてはこちら
上顎の奥歯の上には「上顎洞(じょうがくどう)」と呼ばれる空洞があります。この空洞は、本来の役割としては鼻の通気や発声に関係していますが、インプラント治療の際には、この上顎洞があるためにインプラントを埋め込める骨の高さが足りない、という問題が起こります。
サイナスリフトは、この上顎洞の粘膜をそっと持ち上げ、その空間に人工骨を入れることで、インプラントを支えられる十分な厚みの骨を再生する技術です。
この処置には、繊細な技術と長年の経験が必要とされます。すべての歯科医院で行われているわけではなく、設備や医師の技術によっては対応できないケースもあります。
今回の患者様も、はじめは「骨がないと言われたら、もう無理なのかな」と少し不安そうな様子でしたが、丁寧に処置の内容やメリット・リスクを説明することで、「それなら信じてお願いしたい」と治療に前向きになってくださいました。
サイナスリフトの手術は無事に成功し、その後は約8ヶ月間、骨がしっかりとできあがるのを待ちました。この期間は決して短くありませんが、焦らずじっくりと「噛める土台」をつくるために欠かせない大切な時間です。
そして、十分に骨のボリュームが再生されたことを確認したうえで、2本のインプラントを埋入。治療は順調に進み、確かな手ごたえとともに、しっかりとした噛み合わせを回復するための準備が整いました。
今回の治療は、インプラント埋入だけでなく、患者様の将来を見据えた全顎的な噛み合わせの調整も同時に行うことが重要でした。長年、片側ばかりで噛んでいたことで生じていた歪みや負担を少しずつリセットし、これからの10年、20年を健康に過ごすための基盤を築く。それがこの治療の大きな目的でした。
【手術と回復の時間:心の準備と、じっくり育てる骨の再生】
サイナスリフトの手術当日、患者様は特別に緊張されている様子もなく、穏やかな表情で診療室に入って来られました。術前には「正直、もっと怖いのかなと思ってたけど、先生の説明がわかりやすかったから安心してるよ」と言ってくださり、我々スタッフも自然と力が入りました。
手術は、予想どおり静かに、丁寧に進行しました。骨のない場所に、新たな命を吹き込むように、人工骨が静かに上顎に収められていく。その様子を見守る中で、「この先の噛める未来」が少しずつ形作られていく感覚がありました。
術後の経過も順調で、痛みや腫れも最小限にとどまり、患者様は「思ったより全然楽だったよ」と笑顔を見せてくださいました。とはいえ、ここで終わりではありません。骨がしっかりと再生し、インプラントを支えられるようになるまでには、時間が必要です。
約8ヶ月という月日は、短いようでいて、実はとても大切な期間。この間、患者様は仮歯を使いながら、噛み合わせの感覚や生活リズムを徐々に整えていきました。「焦らず、じっくりと」。それが、この治療で一番大切なキーワードだったかもしれません。
そして、十分に骨のボリュームが再生されたことを確認したうえで、いよいよ2本のインプラントを埋入。治療は順調に進み、確かな手ごたえとともに、しっかりとした噛み合わせを回復するための準備が整いました。
今回の治療は、インプラント埋入だけでなく、患者様の将来を見据えた全顎的な噛み合わせの調整も同時に行うことが重要でした。長年、片側ばかりで噛んでいたことで生じていた歪みや負担を少しずつリセットし、これからの10年、20年を健康に過ごすための基盤を築く。それがこの治療の大きな目的でした。
【印象的だったエピソード:和やかな治療時間】
治療の期間を通して、患者様とのやりとりには温かい空気が流れていました。院長の知り合いということもあり、診療室では昔話や世間話が自然に飛び交い、時折笑い声が響くことも。治療中の緊張感がやわらぎ、まるで友人と過ごしているような雰囲気が生まれていました。
ある日、仮歯を装着した直後に患者様が「これだよ、右で噛めるってこういう感覚だったんだ」と笑顔でつぶやかれた瞬間、スタッフ一同が心から嬉しくなったのを覚えています。その後も、通院のたびに「最近こんなものを食べたよ」「右でも噛めたから味わいが全然違った」と日常の変化を報告してくださり、治療の成果が着実に生活の中に根付いていることを感じました。
また、全顎的な治療を進める中で、患者様の表情や姿勢にも少しずつ変化が現れました。噛み合わせが整い、口元のラインが自然に引き締まり、話し方や笑顔に自信が戻ってきたように見えました。
このような何気ない会話や表情の変化は、治療の進捗を超えた“人としての回復”を実感させてくれる瞬間です。歯科治療は単なる技術だけでなく、患者様の心にも寄り添う営みであることを、改めて感じさせられたエピソードでした。
【治療後の変化とまとめ:未来の健康への一歩】
治療完了後、患者様の生活は大きく変わりました。かつて右側ではほとんど噛むことができなかった日々から一転、今では左右どちらでも自由に噛めるようになり、「こんなに食事が楽しくなるなんて思わなかった」と笑顔で語ってくださいました。以前は無意識に避けていた硬い食材や、お肉、ナッツ類なども、しっかり噛んで味わえるようになったそうです。
噛み合わせの回復は、単に食事の幅を広げるだけではありません。顎や肩のこわばり、慢性的な肩こりも軽減し、体全体のバランスが改善しました。見た目の面でも、口元の輪郭が自然に整い、笑顔がより引き立つようになりました。周囲からも「表情が明るくなったね」と声をかけられることが増えたと嬉しそうに話してくれたのが印象的です。
今回の治療は、失った歯を補うだけではなく、患者様の生活の質そのものを向上させることに繋がりました。40代という働き盛りの時期に、しっかり噛める環境を整えたことは、この先の20年、30年の健康を守る大きな投資です。食べることは生きることの基本であり、その喜びを再び取り戻すことは、日々の活力にも直結します。
当院では、単なる技術の提供にとどまらず、一人ひとりの生活背景や想いに寄り添った治療を大切にしています。患者様がこれからも美味しく食べ、笑い、健康に過ごせるよう、アフターケアやメンテナンスにも力を入れています。
「もう右では噛めない」と諦めかけていた患者様が、「これからは何でも食べられる」と未来に期待を寄せる姿へと変わった今回の症例。インプラント治療は、まさに未来の健康への第一歩であることを、改めて実感したケースとなりました。
監修者情報

院長 渡邉 威文
- 九州大学歯学部 卒業
- 九州大学総合診療科にて研修
- 福岡赤十字病院にて研修
- 山口県萩市にて勤務
- 福岡県糸島市にて勤務
- 医療法人渡辺歯科医院 継承







