患者様ストーリー

初めて当院に来られたのは、今から2年前のことでした。
62歳の男性。主訴は「右下の歯を入れ歯ではなくインプラントにしたい」というものでしたが、実際には別の理由で受診されたのが最初のきっかけでした。

診療室に入ってこられたときの第一印象は、落ち着いていて言葉少ない方。必要以上に多くを語らず、率直に要点だけを伝えられる姿は、無駄のない人柄を映し出しているようでした。決して社交的なタイプではありませんが、真剣にご自身の歯のことを考えて来院されたのだと感じました。

初診のとき、右下の欠損部に部分入れ歯を装着しておられました。「まあ、使えなくはないよ」と控えめにおっしゃいましたが、その言葉の裏には“しっかり噛めない不便さ”や“入れ歯を外したときの違和感”があることが伝わってきました。日常生活のなかで少しずつ積み重なっていく小さな不便。それを長年我慢してきたのだろうと思います。

その後、何度か診療を重ねるうちに、この方の本当の人柄が少しずつ垣間見えてきました。診療の最後に小さな声で「ありがとう」と言ってくださる瞬間や、スタッフが声をかけたときに見せてくださる柔らかな笑顔。そのさりげない仕草から、「実はとても優しく、思いやりのある方なのだ」と分かってきました。

この患者さんとの歩みは、ただ「インプラントを埋める治療の記録」ではありません。
それは、時間をかけて信頼を築きながら困難を共に乗り越えていく、ひとつの物語でした。

抱えていた悩み:入れ歯からインプラントへ

右下の奥歯──5番と6番が欠損していた患者さんは、長い間部分入れ歯を使って生活されていました。
「一応は噛めているけど、どうも落ち着かないんだよね」何度かそう率直におっしゃいました。

入れ歯は装着すれば見た目も噛む機能もある程度補えます。しかし、長時間の使用で違和感を覚えたり、食事中に動いてしまうこともあります。とくに奥歯の部分入れ歯は、しっかり噛もうとすればするほど安定せず、食事の楽しみを制限してしまうことも少なくありません。

患者さんは「まだ仕事もしているし、やっぱり自分の歯のように噛みたい」という強い思いを持たれていました。62歳という年齢はまだまだ現役。ご家族との食事やお付き合いの場で、“人並みに食べたいものを食べる”という当たり前の願いを叶えることは、大きな生活の質につながります。

カウンセリングでは、入れ歯のメリットと限界、ブリッジの可能性、そしてインプラント治療について、時間をかけて説明しました。そのうえで患者さんが選ばれたのはインプラント。
「やっぱり自然に噛めるようになりたい」
この一言に、患者さんの本心と覚悟が込められていたように思います。

ただし問題は、欠損部の骨の状態でした。抜歯から数年が経過していたため、骨の幅が減少しており、そのままではインプラントを埋入できない状況だったのです。

そこで私たちは、インプラント埋入と同時にGBR(骨造成術)を行うという治療計画を立てました。患者さんにとっても大きな挑戦となることを丁寧に説明し、同意をいただいたうえで進めることになりました。

治療方針とプロセス:GBRを伴うインプラント手術

検査の結果、右下の欠損部は抜歯から数年が経過しており、骨幅が大きく減少していました。インプラント治療にとって骨量は土台そのもの。十分な骨がなければ、しっかりと安定させることはできません。

そのため、今回の治療計画はインプラント埋入と同時にGBR(骨造成術)を行うというものになりました。GBRは人工膜や骨補填材を用いて失われた骨を再生する処置で、インプラント治療の中でも体への負担が大きい方法です。患者さんには「治療がうまくいけば大きな成果が得られる一方で、腫れや痛みが出やすい」と説明しました。

手術当日

右下の骨にインプラントを埋入し、不足部分をGBRで補強していきました。処置自体は滞りなく終わり、予定通りの位置にインプラントを固定することができました。

手術後はやはり腫れと痛みが強く出ました。これはGBRの性質上避けられない反応ですが、患者さんも最初の10日間はとても辛かったと思います。それでも「仕方ないことだから」と言いながら、処方された薬をきちんと守り、腫れが引くまで我慢強く通院してくださったのが印象的でした。

その姿に、こちらも「絶対にこの治療を成功させたい」という思いを強くしました。
日々の診療の中で、患者さんが見せる控えめな笑顔や「大丈夫です」との一言が、私たちスタッフにとっても大きな励みになったのです。

経過観察へ

手術直後の経過は比較的順調で、「このまま骨がしっかりできてくれれば…」と期待が膨らみました。
しかし、その後に思わぬ出来事が起こります。

感染と挫折:思わぬトラブルに直面して

手術から最初の数週間は経過も順調で、患者さんも「思ったより楽に済んだ」とおっしゃっていました。腫れや痛みも少しずつ落ち着き、歯肉の状態も安定しているように見えたため、私たちも「このまま骨が再生してくれれば…」と期待を抱いていました。

しかし、あるときからインプラントを埋めた部位に異変が出てきました。歯肉の赤み、わずかな腫れ、そして分泌物。検査の結果、GBRを行った部位に感染が生じていることが明らかになったのです。

GBRは、骨を新しく作るために人工膜や骨補填材を使う処置であり、非常に繊細な治療です。骨がしっかりと再生すれば大きな成果が得られる一方、感染や炎症が起こりやすく、治療の成否に直結するリスクを常に抱えています。私自身も「必ず成功させたい」と強い思いを持って取り組んでいましたので、この結果を前にして心から落胆しました。

感染の原因をひとつに断定することはできません。手術の侵襲、体質、免疫力の差、日常の生活習慣──いくつもの要因が複雑に絡み合います。その中でも、とくに注意が必要なのが喫煙です。喫煙は歯肉や骨への血流を妨げ、組織の回復力を下げることが知られており、インプラントやGBRの予後にも大きな影響を与えます。

今回の症例においても、この点が大きく関わっていた可能性が考えられます。
患者さんに現状をお伝えしたとき、少しうつむきながら「やっぱりそうか…」と静かに受け止めてくださいました。その表情には、自分の生活習慣が結果に影響を与えてしまったかもしれないという悔しさがにじんでいました。

私自身も胸が詰まる思いでした。
「これほどまで頑張って治療に臨んでくださったのに、なぜ…」
医療者として患者さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

しかし同時に、ここで諦めるわけにはいきません。大切なのは「何が起きたか」を正直に共有し、「では、これからどうするか」を一緒に考えることです。患者さんにも「難しい状況ですが、まだ方法は残されています。もう一度挑戦していきましょう」とお伝えしました。

患者さんはしばらく黙ってから、静かにうなずかれました。そのうなずきは、決して大きなリアクションではありませんでしたが、「まだ前を向いてくださっている」という確かなサインでした。

この瞬間が、この症例の最大のターニングポイントだったのかもしれません。

誠実な説明と二次オペ:再挑戦への道

感染によって骨造成が思うように成功しなかったことは、患者さんにとっても私たちにとっても大きな試練でした。GBRは体への負担が大きい治療であり、再び挑戦することにはリスクも伴います。しかし、患者さんは「ここで終わらせたくない」という思いを示してくださいました。

そこで私たちは、現状を整理し、リカバリーを目指す二次オペの提案をしました。
「一度うまくいかなかったとしても、方法を工夫すれば再挑戦は可能です。大事なのは、焦らず慎重に進めていくことです。」
そう説明したとき、患者さんは静かに耳を傾け、やや硬い表情ながらも確かにうなずいてくださいました。

二次オペに向けた準備

まずは感染を完全にコントロールすることが最優先でした。抗菌処置を行い、口腔内の清掃状態を整えながら経過を慎重に追いました。同時に、患者さんご本人にも生活習慣についての協力をお願いし、喫煙が骨や歯肉に及ぼす影響を改めて説明しました。
「インプラント治療は、私たちだけでなく患者さんご自身の協力があって初めて成功します。」
そのことを理解していただけたことが、次への希望につながったと思います。

二次オペ当日

慎重に進められた二次手術は、計画通りに進行しました。感染の影響を受けた部分を丁寧に整え、インプラントの安定を確認しながら処置を進めます。術中の患者さんの様子は落ち着いていて、手術後も「一度目より安心して受けられた」と穏やかにおっしゃっていたのが印象的でした。

プロビジョナルでの経過観察

その後は、すぐに最終のかぶせ物を装着せず、プロビジョナル(仮歯)を使って時間をかけて様子を見ました。
これは単に形を整えるためではなく、「噛む力がどう分散するか」「歯肉やインプラント周囲の状態が安定しているか」を確認するための大切なステップです。

患者さんは毎回の通院で静かに診察を受けながらも、時折「やっぱり自分の歯みたいに噛めるのはいいね」と小さな喜びを口にされるようになっていました。その言葉に、治療のゴールが少しずつ近づいていることを感じました。

ようやく迎えた補綴物セット:握手の笑顔

最初の手術から1年半。
感染や二次オペを乗り越え、プロビジョナルでの慎重な観察を経て、ようやく最終補綴物(かぶせ物)を装着する日を迎えることができました。

この日を迎えるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。大きな手術の腫れや痛みに耐え、感染という壁に直面し、それでも前を向いて治療を続けてこられた患者さん。私たち医療者にとっても、葛藤と緊張の連続でした。だからこそ、この日の診療室には特別な空気が漂っていました。

最終補綴物をセットした後、患者さんにゆっくりと噛んでいただきました。
「どうですか?」と問いかけると、少し時間を置いてから
「……噛めるね」
と短い言葉が返ってきました。

その声は決して大きくはありませんでしたが、確かな重みがありました。これまでの苦労や我慢、そして乗り越えてきた経験が、すべてその一言に込められていたように思います。

診療を終え、席を立ったときに患者さんに手を差し出しました。
「本当に、よく頑張られましたね」
そう伝えて握手を交わしたとき、初診のころにはあまり見られなかった、柔らかく大きな笑顔を見せてくださいました。

その笑顔は、治療の成功を物語るだけでなく、これからの生活に対する前向きなエネルギーに満ちていました。スタッフ一同、その表情を忘れることはないでしょう。

これからのメンテナンスと医院の思い

インプラント治療は、補綴物を装着した時点でゴールを迎えるわけではありません。むしろそこからが本当のスタートです。インプラントは天然の歯と同じように噛む力を発揮できますが、同時に歯周病や生活習慣の影響を受けやすい一面も持っています。

この患者さんには、今後も定期的なメンテナンスに通っていただき、歯肉や骨の状態を慎重に確認していくことをお伝えしました。喫煙習慣がリスク因子となり得ることも再度共有し、日常生活の中でできるケアについても一緒に考えていくことにしています。

「インプラント治療とは、患者様と私たち歯科医師が“長く手を取り合って歩んでいく治療”です」
ある学会で聞いたこの言葉が、今回ほど心に響いたことはありません。

1年半という長い時間を共に歩み、苦しい場面もありましたが、最後に患者さんが見せてくださった笑顔は、そのすべてを報いてくれるものでした。そしてそれは私たちにとっても、これから先さらに誠実な診療を続けていく大きな励みとなりました。

私たちは、ただ「歯を治す」だけではなく、患者さんが日常を安心して過ごし、食事や会話を楽しみ、人生をより豊かにするお手伝いをしたいと考えています。インプラント治療はその一つの手段に過ぎませんが、こうして信頼関係を築きながら進めることができれば、それは“治療”を超えた大切な経験となります。

これからも患者さんと一緒に、長い時間を歩んでいくつもりです。

まとめ

今回の症例は、62歳男性の右下臼歯部におけるインプラント治療でした。部分入れ歯の不便さから解放されたいという思いを胸に、GBRを伴う埋入手術に挑戦。しかし感染という大きな壁に直面しながらも、二次オペを経て最終補綴物を装着することができました。

治療期間は約1年半。費用や治療経過には個人差がありますが、重要なのは「患者さんご自身の協力」と「医療者との信頼関係」だと改めて感じました。

長崎県長与町の渡辺歯科医院では、無料/有料相談(60分)を行っています。
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本記事は一般的な情報であり、効果・期間・費用は個人差があります。実際の治療は診断に基づきご提案します。詳細はカウンセリングでご相談ください。

監修者情報

院長 渡邉 威文

  • 九州大学歯学部 卒業
  • 九州大学総合診療科にて研修
  • 福岡赤十字病院にて研修
  • 山口県萩市にて勤務
  • 福岡県糸島市にて勤務
  • 医療法人渡辺歯科医院 継承
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